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震災当日、東電の社長は奈良にいたんだって。
2011 / 04 / 20 ( Wed )
震災当日の3月11日に、東京電力の清水正孝社長は、奈良にいたそうな。平城宮跡を視察していたんだって。で、地震の影響で、すぐに帰れなくって、東京に帰ったのは、12日の午前10時だったそうな。社長が本社に帰れない間は、副社長の武藤栄さんが指揮を執っていたそうな。武藤さんは、工学部出身。で、地震が来て、その後襲った津波が原発の予備電力すべてを奪ってしまった。原子炉を安定させる電力がない。直ぐ近くには、東北電力の電線があったのに。なんで、それを引き込まないで、独力で解決しようとしたのか。結果として、原子炉を安定停止できなかった。そのおかげで、大量の放射性物質が放出されて、福島の大地は被曝したのですよね。東電の首脳陣は、社長不在の混乱によって、最善策を打ち出せなかったのだと思う。

東京電力の清水正孝社長は、慶応大学の経済学部出身です。コストカッターとして、東電社内の経費削減に努めて、とうとう社長に成り上がりました。発電所の部品に関しても、そうとう経費を削減したそうです。震災があり、津波が福島第一原発を襲ったとき、清水正孝社長は関西にいたが、会長も、中国の北京にいたそうな。さて、津波が原発を襲い、予備電力が使用不能になり、原子炉も電気がないため、制御不能となった。その時、すばやく東北電力の電線から、電気を原発に引きこんで、制御室に電気を送り込めば良かったのに、それをしなかった。おそらく、現状だけで解決できると思ったのでしょう。東北電力の協力を求めることなく、東京電力だけで原子炉の制御をしようとした。東北電力を、東電の施設の中に入れたくなかったのだろう。でも、一向に電源復旧はしなかった。次の日から、次々と建物が爆発した。その結果、大量の放射能が漏れ出して、30キロ先まで拡がったんですね。このバカ社長のおかげで、国土が汚染されました。

東電社長が震災当日、奈良にいたなんて、今頃、釈明しているんですよ。東京電力は、まだまだ隠していることがある。社長不在、会長不在。すべてにおいて初動で制御室の電源復旧を行わなかったことが、大災害をもたらした。ま、社長が震災時にどこにいたって構わないけど、最適な指示ができなかったことは事実です。そして、こんなことになった。あ~あ、じゃ、すまされないぞ。
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