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入院中に読んだ本、正倉院のなんとか・・・。
2012 / 07 / 02 ( Mon )
nazo702
そうなんですよ、その本の題名は、と言われても、正倉院のなんとか、としか答えようがないんですね。本のタイトルをしっかりと覚えていない。小説でもない、随筆でもない、資料というか、史実をまとめた論文のようなものかな。つまり、正倉院の宝物のことを調べ上げた内容なのです。私も奈良に住んでいますから、少しは奈良のことも知っておかなくては、というわけで、入院中ならこんな本でも目を通すだろう、と。活字を見ているだけで眠くなりそうな。おっと執筆者に失礼か。で、内容は、正倉院の宝物は、どのように今に受け継がれたか、と言うことなんです。結局は、どれほど宝物は持ち去られたか、ということになるんですけどね。皆さんご存知のように、正倉院は東大寺の中にあります。正倉院展は毎年秋に、奈良国立博物館で開かれます。そもそも東大寺とは何か。西暦741年に聖武天皇が全国に国分寺や国分尼寺の創建を命じて、その総本山となるのが東大寺というわけです。で、さらに大仏もこの寺で造られることになって、752年に大仏の開眼供養が行われました。で、寺や大仏を造ることを命じた聖武天皇が756年に亡くなったとき、奥さんの光明皇后は大層悲しんで、聖武天皇が愛用したものを見ると悲しみが増す。だったら冥福を祈るためにも愛用の品々をあなたが作った大仏に献げましょう、ということで奉納し、宝物を納めるための正倉院が造られたのです。正倉院に、愛用の品や、病弱の聖武天皇のために使った薬とかはわかるんですけど、あんまり関係ないかなと思われるような戦のための武具まで納められたのです。でも結局、武具なんかは内乱の度に持ち出されて、とうとう戻ることはなかった。正倉院は朝廷というか天皇の許可がないと開けられないのですが、やがて時代を経て、時の権力者が強引に開けて宝物を見せろ、と言うんですね。えらそうに。藤原道長、源頼朝、足利義満と義政。織田信長もそうらしいのです。で、開封ついでに宝物を外に出して虫干しをする。つまり、宝物が多くの人々の目にさらされるわけです。キラリンと輝く宝物が、ですよ。すると、そのお宝をこっそり盗み出して、なんでも鑑定団、じゃなかった、闇ルートで売りさばこうとする人が出てくるんですよ。盗人がね。お坊さんの中にもいたそうですよ。で、正倉院の高床を、下から穴を開けて盗み出したとか。やがて、文明開化で海外交流が盛んになった明治時代になると、こんどは国宝として国が管理して宝物を点検するのですが、やっぱり盗人はいるんですね。研究する立場の博士なんかがこっそり持ち出して、その偉い博士がお亡くなりになってからその家で正倉院の宝物が発見されるという事件があったそうな。思わず目がくらんだのでしょうか。浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ、とは良く言ったものです。今日でも無人のお寺に入って、仏像とかを盗み出したり。もう、近未来はすべてお見通しなのに、本当に盗人は尽きない。情けないねえ、人間は〜。な〜んて本をぱらぱらめくって、そうだ。持ち出されて戻らなかったコレクションは、どんなものだったんでしょうね。光明皇后が納品した目録は今も残っているわけですから、盗まれたコレクション展をやったら面白いと思うなあ。ほら、キンキラした鏡類は残っていませんからねえ。盗まれた正倉院コレクション展をぜひやってくださいな。おっと失礼、戻らなかったに、しましょう。ねっ、食事は完食でしょう。なんでも好き嫌いは言わずに残さず食べます。はいっ。
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