FC2ブログ
神戸時代を振り返る。
2007 / 01 / 17 ( Wed )
何の縁があったのか知らないが、高校を出て、2年浪人して、神戸市のはじっこにある大学に学生時代の籍を置いた。

そこでは、一年留年して5年間通った。ま、30年以上も前で、授業料は年間で2万4000円と安かったこともあったが。最初の1年半は、奈良から大阪を通り、神戸を抜けて、垂水で降り、バスの乗って大学前で降りた。時間は、2時間とちょっと。交通費は、電車370円、バス30円の、400円だった。むろん定期は買っていたが。

はるばる来て、バスを降りても、結局は友達に誘われて、雀荘に行くことになるのだ。2年の夏が終わると、電車で通うのも面倒になり、垂水の海側にアパートを借りた。風呂は、もちろんなし。トイレは共同。4畳半に小さなキッチンがついて、1畳くらいの板の間がある。その窓を開けると、大家の屋根の向こうに漁港を経て海が見えた。家賃は9千円。その年の秋に、今の妻と知り合った。私は22才。彼女は20才だった。

当時、垂水の街は緩やかな斜面にへばり付くように、数々の文化住宅が軒先をくっつけあっていた。道は狭い。火事でもあったら大変。道も入り組んでいる。なんとか卒業して、社会に出て、その時には、振り返っても神戸は住んでもいいな、くらいの心地よさは感じていた。

震災の数年前、平成5年の5月に垂水から学園都市に移転した大学で、学科の周年パーティがあり、数人の友達と参加した。駅からその街に降りたったとき、周囲に拡がる綺麗で整った街に強烈な違和感を覚えた。

マンションも、住宅も、整然と配置されて整っている。背景には緑の丘がある。ただ街が冷たすぎるのだ。情緒感というか、感情が起こらない。ただ、きちんと整っているだけだ。その数年前には、神戸の高校で校門圧死事件があったのが頭に残っていた。この街に、やさしさや人の心はあるのだろうか、と。

パーティーの後、友達が運転する車で、神戸市内を巡ると、なにもかもが新しくなっていた。施設もきれい。でも何故かよそよそしい。それが、大学を出て15年ぶりに訪れた神戸の印象だった。

その2年後に震災は起きる。その数年後に、児童殺傷というおぞましい事件が起きた。あの無表情な街並みが目に浮かんだ。今から、5年前に学科の同窓生が40人ほど、垂水に集まった。時間がもったいないほど懐かしがって、大量の料理が残った。

学生時代は、深夜に六甲の山道をタイヤを軋ませて走り廻ったこともあった。阪神高速、若宮のカーブを何キロで抜けられるかを競ったこともあった。暴走族のお姉ちゃんとも知り合いになった。その筋の人と麻雀をしたこともあった。スナックにカラオケが登場して、歌ったのもこの街が初めてだった。

その懐かしさが、すべて飛びさった。慣れ親しんだ街なのに、今やよその街になっている。妻もこの街で、短大の2年間を過ごしている。妻も震災後直ぐに訪れて、愕然としたという。引き合わせてくれたことに感謝しつつも、あれから一緒になるのに32年も時間が掛かったぞ。神戸のせいでは、ないものね。今日は、1月17日。ニュースを見るたびに目頭が熱くなる。というより、涙が出る。自然災害を、決して人災に変えるなと。
スポンサーサイト
21:30:47 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<道路の無電柱化率は、東京がトップ。 | ホーム | もう12年、1月17日、大震災。>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://sandenji.blog73.fc2.com/tb.php/361-2745185f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |