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この時代、何を思うか、高瀬石仏。
2007 / 10 / 20 ( Sat )
高瀬石仏

高瀬石仏は、大分の中心地から南の、わさだタウンの南にある。トキハわさだタウンに行ったときに、交通標識の史跡案内看板があったので、これは何だろう、というわけで、行ってみました。わさだタウンのちょっと先を、タウンとは反対側に左折する。道を入るとそこは広々としたきれいな公園。公園を抜けてT字路にくると、そこからは200メートルの表示。公園の駐車場に車を止めて、しばらく歩くと、から揚げ屋さんと、露店の八百屋さん。なるほど、名所旧跡にありがちな。民家というか農家の間の小道を行くとすぐにありました。窟の手前に囲いがしてあって、その向こうに石仏が見えます。

向かって左から、深沙大将、大威徳明王、胎蔵界大日如来、如意輪観音、馬頭観音。5つの像が、奥行のある洞窟の中に掘り出されています。何で、一旦固い岩盤を1メートル以上くり貫いてから掘り出したのか。誰が何のために、などと考えていくと、面白そうですが、それは歴史の専門家に任せておいてと。

ここの5像は、彩色がなされています。雨によって色が落ちることもなく、今も彩色の面影が。だから、洞窟にしたんだな、などと。制作は平安後期の12世紀頃とか。いずれにせよ、これだけのものを当時の道具で掘るとなると、相当な努力と体力、執念がいることでしょう。いまでこそ、ここは開けていますが、当時は里山の藪の中だったでしょうから。里に響く岩を削るのみの音を、当時の人はどう聞いたでしょうか。期待を持って、それとも。

私たちが、行ったときは、他に誰も人がいなくて、すぐ後ろの田んぼは稲刈りが終わったばかり。切り株がきれいに並ぶ土の上に野焼きの煙がたなびいていた。その土地の人でしょうか、簡単に説明していただきました。真ん中の大日如来は、お腹に子供を宿しているとか。胎蔵界のことですね。天地は金剛界と胎蔵界の二界に分かれていて、この大日如来様は胎蔵界の方にいらっしゃる方、ってわけで、説明はちょっと違うような。ま、歴史っていろいろな解釈があるもので、今は、高瀬石仏という磨崖仏が現に残っているという、事実だけです。ところで拝観料もなにもない。木の賽銭箱が、置いてあるだけ。私たちは、一応、お賽銭を入れてと。金額は内緒です。このちょっと先にも、掘ったような跡が。ここは挫折かな。その先にも、完全にくり貫いて向こうの見える穴が。よく見ると、農道具みたいなのが置いてある。おっと、個人の物置か、失礼しました。

道の脇は、緩やかな棚田のような感じ。如来様や観音様、毎年いいお米が収穫できますように、見守っていてくださいね。帰りは、先ほどのおじいさんが7~8年前にできたという、七瀬川自然公園に寄ってみます。
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